Ⅷ 心
大野露井
ここは僕の家で
ここは君の家だ
摩天楼の谷間にある僕の育った家で
港町の波間に浮かぶ君の育った家だ
ここで僕たちは暮らしている
君が悲しむと僕は間違っていたことを知る
間違っていたこと知ることのめぐみを知る
僕がよろこぶと君は悪くないと思う
悪くないと思うことは痛いとも思う
ここは君の心でここは僕の心だ
いつからか泣くことが恥ずかしくなくなった
それは仮面を剥いだからのようでもあり
素顔という仮面を手に入れたからのようでもある
顔にはもう意味がなくなっている
暗闇でも僕たちはお互いの顔がわかる
いつからか年を重ねることが待ち遠しくなった
それは明日が来ないことがわかったからでもあり
昨日に帰れることが明らかだからでもある
君は昨日の僕で
僕は昨日の君だ
砂を数える
ペタンクをする
日没の素描を繰り返す
太陽の軌道に沿って
月が昇ってからも
辞書を逆さに読み返すのと
詩を逆さに書き出すのと
どちらが楽だろうか
僕たちは議論の演技をして
お茶が沸くのを待つ
君が舌足らずになると
僕は口が滑る
言わなくてもよいことがわかると
それを口に出すことの快楽もわかる
沈黙の心地よさは戸口で待ち受けている
月も星も顔なじみになっていることに気づく
知らぬ人もみな会ったことがあると思い出す
それでも退屈と無縁であることは信じがたい
だがむしろ変化こそ退屈なのだ
すべては最初からそろっている
僕たちは鏡を覗き込む
割れてしまって縁起が悪いと僕が言うと
破片を拾えばむしろよくなると君が言う
僕たちは集めたそれを汀に放つ
もっと大きな鏡を覗き込みながら
波打ち際に立ちつくす
蹠の砂だけが残る
遅めの夕食と
僕たちにとっては早めの朝食
その間を過ごす浜辺
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■ 予測できない天災に備えておきませうね ■