Ⅴ 感
大野露井
痛いときどう言えばいいのか
憂えるときどう歌えばいいのか
愛しいときどう喘げばいいのか
苦しいときどうえずけばいいのか
言葉にできないよろこびと
筆舌につくしがたい憎しみと
絵にも描けない美しさを
すでにそのように言葉にして
胸に突き刺さる舌鋒
肝を潰す事件
やり場のない怒り
ただただ叫びをあげるのか
おまえはいったいどういうつもりなんだ、恥ずかしくないのか、
なんだってそんなに偉そうにしてやがる、
あのときそばにいてくれなかったじゃないか、
ずっと遠くでよろしくやってたじゃないか、
返事さえしてくれなかったじゃないか、
そのくせ後から口ばっかり挟みやがって、
あんなに優しかったじゃないか、
もう信じられないほど、
思い出すのも馬鹿馬鹿しいほど親身になってくれたじゃないか、
何が変わったんだ、こっちは変わりやしない、
するとお前が変わったんじゃないか、
しかも悪いほうに変わったんじゃないか、
つまり目障りなんだ、目障りなんだ、目障りなんだ
涙が出ないときはどう泣けばいいのか
知恵のないやつはどう血を流すのか
詩を書けないときどう死ねばいいのか
見えないときにどう見ればいいのか
言葉につまったしどけなさと
みっともないそのいじましさと
もってまわったあざとさを
すでに心でつづら折りにして
鼻白む海辺
呆気にとられる稜線
膝をたたく雲間
尻尾をふる谷底
おまえはいったいどういうつもりなんだ、
なんだって見張られながら仕事をしなきゃならないんだ、
誰かが来ると何もかもひっくり返して隠したりして、
何も悪いことなんざしちゃいないんだ、
そう、だのについつい逃げ腰になっちまう、
こんなんじゃなかったはずなんだ、
誰がこんな臆病さを植えつけた、
おまえじゃないか、おまえらじゃないか、
いや、でも最初からそうだったのか、
あるいはそう、
隠れて感じるほうがいいんだ、
隠れて書くほうがずっといいんだ
つまり消えたいんだ、消えたいんだ、消えたいんだ
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■ 予測できない天災に備えておきませうね ■